ネットと性欲
  俺は鬼畜系工員の村崎百郎だ。このインテリどものお上品雑誌に「単純痴的低能バカ層」を勝手に代表して好き放題を言わせてもらおう。所詮、「ご立派な意見」などというものは字が読めて文が書ける一部のインテリの独占市場なんだから、たまにはゲス工員の下品な文章を読むのも悪くないだろう。「時には下々のバカの意見に耳を傾ける」のも、深い人間理解と、度量の大きな人間性を目指す上では必要なんじゃねえか?、お上品で慈悲深い単純ヒューマニストの皆さんよ。
 さて、それでは工員らしくゲスで下品な話題に移ろう。最近は男性誌やエロ雑誌でさえ「インターネット特集」を組んでネット上のエロ画像を紹介するのがあたりまえになりつつあるが、こうなると「待ってました」とばかりに猥褻画像がけしからんとか、青少年の健全な育成に悪いだとかと声高に「倫理」を叫ぶ「正義の人」が雨後のタケノコのようにニョキニョキ現われるから戦後民主主義ってとってもステキでヘドが出そうになるぜ。
 「インターネットのエッチ画像」問題は、建前の正義と倫理に照らし合わせれば「許せない!絶対に規制すべきだ」と言う連中の意見が圧倒的に正しいのだろう。そのぐらいは、この俺でもわかる。しかし、そんな意見は単に正しいだけで、所詮は机上のクーロン黒沢だ(おお、我ながらハイレベルな駄ジャレじゃ!)。そもそも「エッチな画像を規制すれば性犯罪がなくなり、青少年が一人残らず健全に成長する」などという発想はそれ自体がペケだし、これがオナニーや強姦などの現場の声を無視した、青少年の欲情の本質を全く考えない馬鹿な意見であることは明白だ。
 現実問題としてよ〜く考えてみてくれや。ネット上のエッチ画像や映像で欲情して、いても立ってもいられなくなり、残された人生を全て投げうって、街中へ飛び出して女を犯しまくるワイルドな奴がこの世に何百万人いるんだ? いくら普及が進んだとはいえ、まだまだパソコンは「現実と虚構の区別ぐらいは明確に判断がつく」おりこうなインテリ層中心のオモチャなんだぞ。欲情したひ弱なインテリどもに、せんずり以外に一体ナニができるってんだ? 女を強姦するような根性のある奴は、ハナからネットなんてかったるいモノに接続しないで直接自分のペニスをやりたい女のヴァギナに接続するもんだぜ。
 言っとくけど強姦魔や性犯罪者が捕まってから言う「エッチな本のグラビアを見てムラムラとして、つい、犯行に及びました」なんていう発言を真に受けるなよ。どこの馬鹿が「自分はしんそこ恥知らずで品性愚劣な最低のゲス人間で、とにかく女を見ると犯りたくて犯りたくてタマラなくなるんです。“あの女を犯さなければ俺の人生は先へ進まない”そんな衝動にかられて思いっきりやっちまいました。けっ、あん畜生!ブスでマンコ黒いくせにソソりやがって、全くとんでもねえぜ!」なんて正直に言うんだよ? 裁判だってあるんだし、性犯罪者が法廷で自分の心証を少しでも良く見せようと、「自分は本来まじめで気の小さい人間なんですが、劣情をもよおさせる邪悪なエロ本を見て欲情し、悪夢のような犯行に及びました。だからどちらかというと悪いのはエロ本で、僕ではありません」的な証言をして、自分の犯した罪をエロ本になすりつけるのは至極あたりまえの事なのだ。責任を転嫁されたエロ本やエロビデオこそいい迷惑である。
 あまりにあたりまえすぎて、書いていてだんだん馬鹿馬鹿しくなってきたが、今回は特別サービスなので、もう少し人間存在の核心にふれる話をしてあげよう。もう一つ大切なことを覚えておけ。それは「マンコやチンコの写真ばかりが人間の情欲をあおると思ったら大間違いだ」ということだ。人間の性欲をナメてはいけない。人間というものは、そんな単純な存在じゃない。マンコやチンコが見える程度の、誰もが「これはエッチな画像」と分かるような単純なエロで興奮する人間はまだいい。そんなもので欲情するのはある意味でとても健全なことだ。だが、俺のような根性のねじまがったハイレベルな変態になると、駅の自動改札機に切符を入れるだけでも欲情するし教会の十字架を見ても垂れ下がったチンポが連想されて全てのキリスト教徒の尻を犯したくてたまらなくなる。世の中にはどんな清楚で可憐なものからも超最低の下品でヒワイな妄想ができる奴らがごまんといるのだ。そういう連中にはエッチ画像の規制など何の意味もない。もし仮に、「サザエさん」のカツオを見て激しく欲情した変態が、次々と少年を犯して殺すという犯罪が起きたら、規制好きの善人どもは「サザエさん」の放映中止を叫ぶのか? 
 もっと言うなら、冷静に考えて最も強烈に性欲をソソるのは、ネット上の無修正画像でもエロ本でも裏ビデオでもない。それは我々男性が普段接する生身の異性、「生きている身近な女」こそが一番のズリネタだし基本なのだ(同性愛とかフェティシズムなんかの例はまた別な話だぞ)。さァてネット上のエロ画像規制を叫ぶ正義の善良ども、結論が出たぞ。青少年の健全な育成を阻む最もけしからん存在は、時にはエロ画像よりもエロくてソソる生身の若い女性だ。実際、いくらエロ画像を規制しても、モトを絶たなきゃダメだよな。だけど、どーやって生身の若い女を規制するんだ? 皆殺しにするのかァ? 
 性犯罪を完全になくしたかったら、この星ごと人類を滅亡させる以外に方法はないだろう。それでも「憎むべき性犯罪がなくなるなら、人類を皆殺しにしてもいい」っていう鬼畜な態度をつらぬくんだったら俺も協力してやるよ。昔から手段の為なら目的なんかど〜だっていいんだからな、俺はよォ。
 さて、最後ぐらいはマトモな結論を書いてお別れしよう。「人に性欲がある限り性犯罪などなくならない。我々に必要なのは青少年の欲情を規制することではなく、欲情の処理方法をしっかりと教育することだ。それは教師が勃起した生徒のちんぽこにしっかりと手を添えて、具合いのいいしごき方を教えるにとどまらず、女のくどき方、ハメ倒し方、イカせ方、クソ生意気なコギャル対策、立ちんぼのまんこ代の値切り方などを、自分の体験を踏まえて懇切丁寧に親身になって指導するしかないのだ」ってな!


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