村崎百郎の快楽パチンコ「盤面シャワー」vol.19〜21

村崎百郎の快楽パチンコ「盤面シャワー」第19発 村崎百郎

 今年の夏は暑いねえ。同様にゴト師の夏もアツいと思うが、我々カタギの一般客には景気の良いハナシはあんまりなくて、リミッター撤廃後も「儲かりすぎて家が建った」なんて噂は一向に聞こえてこない。たまに聞くのはノストラダムスがらみの「恐怖の大王」系で、「この夏、うな丼やカツ丼とは一味違う何やらぶっそうなモノが空から飛んでくるらしいが、その時はパチンコ屋に居れば大丈夫」という、多少根も葉もありそうなムカつく話ばかりだ。こんな時こそ政府にしっかりして欲しいと思うのが国民の心情だが、国会では自自公の連立とやらで数にまかせてガイドライン法案や、盗聴OKの通信傍受法案や、国民総背番号制も同然の改正住民台帳法案なんていうキナ臭い法案がガンガン通って国政の「裏モノ化」が進んでいる。マジでヤバイぞ!

★インターネット時代のパチンコを考える
 一日の大半をパチンコ屋で過ごす熱心なパチンカー諸君も、たまには恋人にせがまれて仕方なく一泊二日程度の小旅行に出かけることがあるだろう。中には「バカヤロー!俺はパチンコ一筋で女なんかいらねえ!台取り用のライターとパッキーカードがあればいい」という硬派の方もいるかもしれないが、こまかいコトは置いておいて、ここは読者諸君が地元の街(都会)を離れて、観光バスに乗って地方の観光地へ旅行に出かけたと仮定しよう。同行した恋人はバスガイドの話に耳を傾け、窓の外に広がるキレイな景色に目をキラキラさせるだろうが君の心は複雑だ。恋人に合わせて顔は笑っていても「ああ、今日はあの店の新装なのに…」、「打ってりゃ今ごろはドル箱5つは…」、「俺の158番台、今日は一体誰が座ってるんだ!俺が座ってりゃ…」などと、あまり根拠のないムシの良い妄想が次から次へと沸いてくる。そういう場合は無理にでも「どうせ今日は月初めの土曜日だから、打ちに行ってたら土日で合計7万円は負けてたろうな。そう考えると旅行に出かけて良かったぜ!」と思い込んで旅を楽しむのがまっとうな人間の健全な発想というものだが、重度のパチンコジャンキーには到底無理な技である。そういう奴は窓の外ののどかな田園風景を見ても、心がやすらぐどころか、ヘタをすると空から巨大な数字が落ちてきて空中で7が揃う幻が見えてくるから大変だ。バスガイドの話にも、美しい風景にも無感動状態で、ひたすら「帰ったら思い切り出しまくってやるぞ!」と約1分おきに決意を新たにするのはご立派としか言い様がないが、そういう連中でも観光バスがたまにパチンコ屋の前を通り過ぎると飢えたライオンのように超敏感に反応し、車が通り過ぎるわずか数秒間のうちに店のドアに貼られた「本日新装全台甘釘大開放!」「源さん設定1祭り」「本日パチスロ高設定日」などのポスターの文字を読みとって興奮してしまう…そういう体験、あるだろう?その場合、感情にまかせて「運転手さん、降ろしてくれ〜!」と叫ばず、状況を冷静に分析する奴はまだ見どころがある。夏の村祭り以外に娯楽がなさそうなクソ田舎の田んぼのまん中にあるパチンコ屋を見て「あ〜こんな店じゃ絶対に喰えないナ〜周囲に競合店がないから超ボッタクリ店かも」と考えて、「パチンコ屋の沢山ある都会に住んでいて良かった」と、自分の置かれている幸福な状況を確認して満足する程度の謙虚さは人として持っていた方が良いだろう。そうすると冗談ではないのが優良店に恵まれない田舎に住むパチンカーたちで、彼らはそこに住んで一軒しかない店に通う限り、一生ボッタクられ続ける運命にあるのだ。しかし、そんな彼らにも希望はある。世をあげてのインターネット時代だし、すでに一部のゲーム機にあるような「オンライン・パーラー」が今後、「新時代のパチンコ店」としてオープンするかもしれないのだ。家にいながらパソコン通信で全国どこからでもパチンコが楽しめる――認可されなくても、そのうち闇で会員制の店ができちまうかもな。

★それにしても下品な事件が続くねえ
 さて、最近の三面記事的ゲス事件に目を向けると、何といっても社員が千五百人しかいないのに、たったの一か月間で痴漢やノゾキの逮捕者を3人も出したTBSの活躍がめざましいが(どうやら下半身事件逮捕者の確変を引き当てたようだねえ、この数はボーダーをはるかに上回っていて期待値を考えればまだまだイケそうかも?)、慶応大学の医学部学生による集団レイプ事件も、名門校の品位と評判を下品のどん底まで叩き落としたタチの悪い事件であった。医大生として人体(というより女体)に興味があるのは分かるが、強姦はちょっとどころか相当にマズイだろう。常識で考えれば医者になっちまえばマンコなんか診察で飽きるまで見られるのに、最近の若い奴らは堪え性がないとしか思えない。この他にも高学歴なバカが起こした悪質なハイジャック事件のせいで飛行機の搭乗手続きが厳しくなり、機内に武器や大人のオモチャを持ち込みにくくなる悲惨な状況を生んだりして大きな迷惑になっているが、「エリート」と呼ばれる連中が引き起こした事件ばかりがやたらと目立つのは、同じ犯罪者として少々可哀相な気がする今日この頃である。これが俺のように常日頃から「下着泥棒とアナルオナニーを初めたのは10歳の頃で、何かというとすぐに暴行傷害事件ばかりを起こしてロクに働かず、プライバシーあばきのゴミ漁りと、無差別通り魔テロと、無差別放火が特技という日本一ゲスで下品でダメな人でなし鬼畜」という恥知らずな肩書きを公言してはばからなければ、たとえ強姦事件で捕まっても「婆さんが老衰で死にました」程度の話題性しかなく、そんなに騒がれないだろう(夏のはじめに東北の方で、くみ取り式の公衆便所の便漕に隠れて腰まで糞につかりながら他人の脱糞をノゾこうとして捕まったおっさんがいたが、あのニュースを聞いて“遂に村崎百郎が捕まったか!”と思った奴は俺の本質を良く理解している。近所にそういう便所があれば俺も当然やっていただろう)。そう考えると、人間は日頃から必要以上に上品ぶってスカしたりしないで適当に下品に振る舞っていたほうが無難だろう。TBSの連中にしても、実は「すぐにバレて捕まる要領が悪い、ある意味で正直な奴ら」であり、逮捕者を一人も出していない他の優良TV局の連中の方が案外裏で「バレないように巧妙にヤッてる」のかもしれないのだ。どちらにしても同じ穴のムジナか?

ゲスが教える鬼畜のパチンコ術
「パチンコ」が我々に与えるもの その2
 先月のこのコーナーではTVのバラエティ番組で「不倫カップルが知り合ったのはパチンコ屋だった」という話を聞き「パチンコ屋でそういうステキな人間関係が築ける出会いの可能性を期待できるのはとても嬉しい」という主旨のことを書きかけた所で誌面が尽きたので、今月はその続きを書こう。確かにパチンコ屋というのは欲望ムキ出しの鉄火場的要素が強く、その中では「自分はあくまで趣味でパチンコ楽しんでます、勝ち負けにはこだわません」などと無理にスカして余裕をカマす必要など全くなく、堂々と「とにかく俺は楽して儲けたい!教養よりもカネが欲しい下品な人間だぞォ〜」という顔をしても少しも恥ずかしくない場所なのである。そう考えると、男も女もパチンコ屋に来る連中というのは、パチンコ屋に来ない連中よりもはるかに自分の欲望に正直な人間だといえるだろう。だったらもっとギラギラしても罰は当たらないハズである。カネが欲しい女はチンポも欲しいに決まっている!「私は違う」という女もいるだろうが嘘をつくな!俺は全部知ってるゾ!やりてえならやりてえと正直に言え!(どうやら村崎は暑さでアタマがヤラレているようです。気にしないで下さい:編集部注)…このように考えると、全国の全てのパチンコ屋に俺の極太チンポを欲しがってアソコを濡らしている女どもがワンサカいるような気になってきて、いても立ってもいられなくなってくるのだが、実際問題としてパチンコ屋では見知らぬ他人に声をかけたり、かけられたりということが他の公共の場よりもずっと気安く行える気がするのは俺だけではないだろう。俺のように、他人に恐怖感を与えるいかつい容貌の持ち主でも、パチンコ屋では隣に座ったオバちゃん連中から割と簡単に「出ないね〜」なんて声をかけられるから不思議なものだ。正直に書くと地元のパチンコ屋にも「このまま挨拶を続けて仲良くなればそのうち一発ぐらいはヤレそうなオバちゃん」が少なくとも3人は確実にいる!読者諸君も行きつけの店で同様のコトを感じているだろう!オバちゃんだからと遠慮する必要はない、思いきりくどいてやっちまえ!オバちゃんの年期の入ったフェラテクは最高だし、人生はヤレるうちが花だぞ!


村崎百郎の快楽パチンコ「盤面シャワー」第20発 村崎百郎

 やっと少しは涼しい日が続くようになって、落ち着いてオマンコのことを考えられる季節になったね皆の衆!一部では本気で心配されていた「予言による人類滅亡の危機」も見事にハズレて、7の月が過ぎても8の月が過ぎても、華々しいコトなんかな〜んにも起こらなかったし(しいていえばトルコの大地震ぐらいか?)、この夏日本に飛んで来るといわれていた物騒なモノもアメリカさんのご助力でしばらくは来ないそうで万々歳だ。そんなワケで怖い「終末」は来なかったけど、会社が休みになる土日の「週末」は毎週のようにやって来て、そのたびにパチンコ屋に行っては負けて帰ってくるという、何ら進歩のない状況ばかりが平和に続いている。俺はその方が「人類滅亡よりも深刻な悪夢」なんじゃないかと思うんだが、皆の衆はどう思うかね?

★子供を車中に放置して死なせるようなパチンカー夫婦は、アナルセックスだけやって子供を作るな!
 最近のニュースを見ていると、やたらとパチンコのイメージを悪くする事件ばかりが目立って、大してパチンコ好きでもない俺でもユーウツな気分になっちまう。
 長崎で起きた保険金殺人事件でも、夫と息子を殺害して女に大金を貢がせていた外尾容疑者という男は無類のギャンブル好きで、報道によれば「タクシーでパチンコ屋に乗りつけて、いつも一日15万ぐらいつぎ込み、ほとんど大負けしていた」そうで、しかも「負けるとパチンコ台をガンガン叩くタイプ」だったという。こう聞くと、ほとんどの良心的なパチンカーは「あ〜そうだろ、そうだろ、負けると台をガンガン叩くような奴に、ロクな奴がいるわけがねえ!」と思うだろうが、パチンコをしない一般の人間にとっては、それ以前に「毎日パチンコを打ってるような奴にロクな奴がいるわけがない!」という見方が常識であることを、我々は忘れてはならない。したがって、我々パチンカーがこうしたニュースを聞いて「多分、外尾容疑者は『必勝ガイド』を読んでなかったな。読んでりゃ毎日15万も負けるような最悪の事態は避けられたハズだ」と感じるのと対照的に、一般の人々が「ああ、やっぱりパチンコは怖いわ!」などという誤った認識をしてしまうのは実に悲しい事である。この事件の場合も、パチンコに罪があるのではなく、必要以上にのめり込んで大金をつぎ込む人間の方に問題があるのは言うまでもないのだが、世間はそれほど好意的には見てくれないものだ。
 次に、先ごろ東京の池袋で起きた通り魔殺人事件でも、犯行の原因とは直接結びつかないにしても、犯人の造田容疑者の生い立ちの中の「母親がギャンブルで作った多額の借金のために一家離散。そのために通っていた地元の有名高校を2年で中退」という部分で造田容疑者に同情した者は少なくないだろう。この場合も「母親がハマったギャンブルがパチンコ」であったという事実は我々にとって実に悲しいことである。この母親が『必勝ガイド』を読んで、それなりに研究しながら冷静にパチンコを打って家庭を壊さなければ、造田容疑者も自分の望む通り普通に高校を卒業して順調に人生を歩み、あんなに悲惨な事件を起こすことなど無かったかもしれないのだ。
 そして、これらのニュースにも増して、この夏一番イヤな気分になったのは、高崎で起きた炎天の車内に放置された子供が二人死亡した事件である。18歳の母親は当初「家を掃除する間、子供たちを車の中に置いておいたら、いつのまにかクーラーのスイッチが切れていた」などと供述していたが、その後の調べで実はパチンコ屋の駐車場に放置して夫婦でパチスロに夢中になっていたことが発覚。この種の事故は「駐車場のあるホールでは車内に子供や赤子を放置されていないか従業員が10分おきに駐車場を巡回パトロールする」などの条例でも作って実行すればある程度は防げるだろうが、子供の存在を忘れてパチンコに夢中になるようなバカ夫婦には、店内に「車中に子供を放置して遊技した客は即時出玉全て没収」と貼り紙をした方が効果的かもしれない。というか、こういう事件を起こす怖れのあるバカなパチンカー夫婦は、ヘタに子供などできないように、常日頃からセックスはアナルセックスだけにしておけ!

 長崎の保険金殺人事件に学ぶ
 すでに鬼畜界では「今年度の鬼畜犯罪ベスト1」とも呼び声の高い長崎の保険金殺人事件だが、この事件からは犯行の手口以外にも「ギャンブル」そのものについて色々と学べることが多いので、不謹慎ではあるが試みにここで真面目に論じてみよう。
 まず何といっても、この事件で驚かされるのは、山口容疑者からいいようにカネをむしり取っていた外尾計夫容疑者の博才の無さである。外尾は夫の保険金の9千万+田畑を売った約5千万+消費者ローンからの借金約1千万の合計1億5千万という巨額の金をせしめたにもかかわらず、約7年間で競馬、競艇、パチンコなどのギャンブルで全てを使い果たしたばかりか、自分でも消費者金融から1千万も借金していたというから救いようのない馬鹿である。結果から見れば都合7年間で1億6千万もスッたことになり、これは年に換算すれば2千3百万近くの出費で、月に換算すれば毎月約191万ずつ使っていた勘定だ。これらの事実から導き出される結論は、「外尾という男は、一日に約6万のギャンブル資金を使える生活を7年間続けても収支をプラスにできなかった超ダメギャンブラーだった」ということだ。俺はそんなに負け続ける金があるならソープやヘルスに通って、毎日違う女にチンポやアヌスをシャブられてイキまくった方が何倍も有意義な人生という気がしてならないのだが、「わかっちゃいるけど止められない」のもギャンブラーの性質なので、仕方がないんだろう。「他にやりたいコトがあったらギャンブルなんかやらねえよ!」という意見があるのも分かるし、外尾のような奴がスッた金が巡り巡って俺の所に来ることもあると思うと、鬼畜的にはポイントが高く気分ハイなんだが、物事は目先のコトにとらわれてはいけない。我々はこの事件に対して「ひどい奴もいたもんだ」「夫も息子も同じ手口で殺したのは馬鹿としか言い様がない」「バレちゃしょーがねえよな」「埼玉の金融業者X氏の方が上手だぜ」などの一般的な反応や感想を持つだけでなく、そもそも「ギャンブルというモノがいかに儲からないか」という事を深く学ぶべきなのである。外尾に限らず破綻するギャンブラーの話を聞く度に、俺はますます「ギャンブルをやるなら胴元になる方が絶対に儲かる」という真理の正しさを確信する。もっとも、ギャンブルが与える心のトキメキや興奮の度合いとなると、また別な話になるのだが…。

ゲスが教える鬼畜のパチンコ術
「パチンコ」が我々に与えるもの その3

 先日、何となくTVを見ていたら、エビスさんが「(そんなに負け続ける)ギャンブルをやっていて何か良いことがあるんですか?」と聞かれて「ギャンブルをやると負けることに慣れるので、何かで挫折したり失敗しても大きなショックを受けなくなるんから良いんですよ」という主旨の発言をしていて実に興味深かった。ギャンブルをやっていれば負けることの方が圧倒的に多いのだが、同時に打たれ強くもなるから素晴らしいという訳だ。これについては「屁理屈だ!そんなんで負け癖がついて、負けることに慣れっこになってしまったら、何でもすぐに諦める根性ナシになって人生の勝利者になれないぞ!」、「勝ち負けを学習したいならTVゲームでもやってりゃいいだろう」などという前向きな反対意見もあろうが、そういうのは単に正しいだけのツマラナイ意見なのでここでは却下する。確かに「敗北」を学ぶには、パチンコをはじめとするギャンブルは、良いお手本であり先生であるといえるだろう。敗北を知り、挫折を味わい、深く絶望することは人生にとって決して無益なことではない。深い敗北を経験した人間は、他の敗北者の挫折感や絶望を容易に理解し、他人に対して思いやりの心を持つことが可能になるのだ(俺のような鬼畜は除く)。そう考えるとパチンコで負けることも、まんざら悪いことではないような気になってくるから不思議なものである(ならねえよ!:編集部注)。ただ授業料が高く付き過ぎるのがタマに傷だが……などと書きながら気付いたら、この連載も遂に今回で20回目である。何で本誌のような真面目なパチンコ漫画雑誌に、俺のようにパチンコに深くのめり込んでもいない不真面目な輩の連載がこうまで続くのか読者諸君も不思議でしようがないだろうが、それは俺も同じである。初めから「書きたいテーマやネタが無くなったら早々に退散しよう」と思っていたのだが、言いたい事は回を追うごとに増えてくる。それは別に「パチンコ及びギャンブルの奥の深さ」が素晴らしいからでも何でもなく、単に「パチンコを通して見えてくる、人間という動物の弱さやどうしようもなさ」が無責任に面白くて仕方がないからだ。そういうワケで、これからもガンガン行くぜェ!


村崎百郎の快楽パチンコ「盤面シャワー」第21発 村崎百郎

それにしても茨城県の東海村で起きた放射能漏れの臨界事故は怖かったな。行政の対応はあい変わらずお粗末で、住民への避難要請が出たのは事故発生から4時間半後だというんだから凄いというか何というか、つくづく税金払うのが嫌になるような話だねえ。オレもニュース見てて、あの付近のパチンコ屋にいた客がちゃんと避難要請に従って逃げたのか少し心配だったぜ。ドル箱山積みで猛爆確変中だったら放射能が漏れてます、今すぐ避難して下さい」なんて言われても「うるせえ!今それどころじゃねえっ!」って打ち続けちゃうのがパチンカーのサガだからな。「事故から2週間近く経った10月10日の体育の日には、東海村で恒例の体育大会が開かれたそうだが、さすがに“バケツリレー”は永久に中止なんだろうねえ!」なんて冗談が、あまり大っぴらに言えないぐらいヤバい事故なんだから、そういう事態になったら読者諸君もドル箱を捨てて迷わず逃げないとダメだぜ!

★2千円札の登場でパチンコが変わるか?
 この雑誌を読んでいる読者諸君の大半は、興味もなければ知ってもいないだろと思われるので一応親切で書いとくが現在の日本の首相「汚物」と語感が非常に良く似ている「オブチ」という名の迫力に欠ける草食獣系のサエナイ顔をしたオッサンである。
 このオッサンは政治家のワリに迫力も存在感もやたらと乏しく、通勤電車でいくらでも見かける人の良さそうなリーサラ中年親父の雰囲気たっぷりで、誰が見ても「こいつには痴漢どころか浮気する根性もねえだろう」としか思えないフヌケたツラをして、就任当初は「駅の階段に吐かれた酔っ払いのゲロピザ以下」とまで評されたものだが、その風貌に騙されて皆が油断している隙に、「ガイドライン法案」や「盗聴法案」や「国民総背番号制度」や「国旗国歌法案」などのキナ臭い法案を数にまかせて強引に成立させるなど、やるコトのえげつなさは今話題の商工ローンの取り立て以上に酷いんだから大変なもんだ。その上このオッサンは自由党や公明党と手を握り「自自公」という頭数だけは最強の政治チームを作ってもはや怖いモノ無し状態だから怖いぜ〜。今だったら徴兵制だろうと、平和憲法破棄だろうと、核武装だろうと、世界侵略計画だろうと、どんな法案だって一発で通せちゃうんだから大したもんだよ。俺も正義には全くこだわらない邪悪な鬼畜なので、こういう機会に「パチンコに関する規制の完全撤廃」をはじめ、「赤線復活」、「全ての麻薬解禁」、「ポルノ完全解禁」、「銃の携帯所持解禁」、「復讐&仇討ち解禁」などのムチャクチャな法案がガンガン通れば、日本もアメリカに負けない世界イチの鬼畜国になれるのにと期待してるんだが、政治家の皆さんもすっかり贅沢になって、「単に利権でカネ儲けするだけでは満足できず、できれば国民から尊敬されて歴史に名を残したい」などというたわけた夢を見てスカシこいてるからダメだろう。悪なら悪らしく、徹底的に悪に徹してりゃいいのに、なおかつ尊敬されたいなんてド厚かましいにも程があるよな。そういうオッサンが第二次汚物内閣の組閣後にまっ先に発表した政策が来年7月に予定している2千円札の発行だってんだから笑っちゃうぜ。「西暦も2千年だから、お札も2千円札を」って発想を聞くだけでクラクラするが、その絵柄に沖縄の守礼門を使うなんて、来年7月にサミットが予定されている沖縄に対するおべんちゃら以外の何物でもないだろう。経済効果もそれほど望めないというし、こういう行き当たりばったりの政策に振り回されるのはマジでムカつくが、おそらくパチンコ業界や我々パチンカーは2千円札の影響をモロに受けるに違いない。千円札が直接入るサンドを初めて目にした時も充分驚いたが、今後は2千円札しか入らないサンドが出回っても不思議ではなくなるのだ。2千円札の登場で千円の価値がますます軽いものとなり、我々はさらに湯水のごとくパチンコにカネをつぎ込むことになるだろう。「おツリの出てくるサンド」なんて良心的なモノは絶対に作られないだろうし、いちいち席を立って2千円札を両替しに行くのも面倒だから、勢いで使ってしまう奴が増えるのは確実だ。そうやって我々は皆、ボッタクられ続けるのである。

★「パチンコ屋」という特異な空間について
 冒頭でも書いたが、東海村で起きた臨界事故は我々パチンカーにとっても全くシャレにならない深刻な問題である。というか、パチンコ屋のように大音響で派手なBGMやアナウンスが流れ、リーチサウンドや大当たりの電子音がそこら中でピコピコ鳴り止まない非日常的な「お祭り空間」では、騒音防止策が行き届いているせいか外界の情報(音や風景)が完全に遮断されてしまい、近所で空襲や大爆発があっても中の客は誰も気がつかなくて当然という状態にあるのだ。俺自身の体験を書くと、この夏、東京では急激な増水で死人まで出た記録的な集中豪雨と雷が発生した日があったのだが、その時間帯にパチンコ屋にいた俺は、すぐ近くに落ちた雷の音さえ全く気がつかず、夜中のニュースを見て初めて「そんなエキサイティングな一日だったのか!」と頭を抱えたものだ(俺は無類の災害好きで雷や増水した川や大粒の雨を吹き飛ばされそうな強風の中に立って見物するのが大好き)。後で人に聞いたら、滅多に体験できないぐらいモノ凄い雷の音と豪雨で、家にいても電話の声も聞こえないぐらいの騒音だったそうなのだが、ホールの防音対策は完璧で、客の俺は外界の騒音に煩わされることなく、とことんパチンコを楽しめたというわけだ(ちなみにその日は増えたり減らしたりを繰り返しながら粘って粘って粘ったあげくピーカン王国で6千円勝った。あい変わらずセコい勝利だ……)。さて、ここで問題になるのは、「そういう所でパチンコを打っていると、すぐ近所で派手な事故や喧嘩や火事があっても全く気がつかず弥次馬見物が楽しめない」というデメリットではなく(ちなみにそういう問題は、店側がサービスの一環で、近所で面白そうなコトがあったらすぐに「いま店の前で若者同士の見ごたえのある派手な喧嘩が行われています。もう少し続きそうなので見に行くなら今です!」とか「只今3軒先のマンションの4階から火が出て消防車がかけつけました。火の勢いが強いのでこれからが見頃です。見物に行かれるお客様は係員に「休憩中」の札を貰ってからお出かけ下さい」などとアナウンスして教えてくれれば済むだけのことである)、パチンコ屋が外の現実空間から隔絶した非日常的なお祭り空間であるからこそ、中で打ってる客は浮ついた雰囲気に正常な判断能力を失い、ついつい我を忘れ、アツくなってカネをつぎ込んでしまうという事実である。そういう訳で、ハマった時は一度店の外に出て、現実を思い出してから続けるかどうか考えた方がいいってことだ。

★ゲスが教える鬼畜のパチンコ術
「パチンコ」が我々に与えるもの その4
パチンコ屋にしか居られない人々

 ある意味でパチンコは「行き場のない人々に身の置き場を提供してくれている」、とも言えるだろう。俺が過去にわりとマジでパチンコ屋に通ってた時期というのは、上京したての一九八〇年頃だった。当時の俺は今よりもっと凶暴で気が狂ってて、何かあるとすぐに(何もなくてもすぐに)他人をブン殴るので、どの現場に行っても一日で暴力沙汰のモメ事を起こしてクビになり続け、しまいには現場に出る以前に面接時に担当に殴りかかり、その場で放り出されるようになり「ああ、俺みたいなのはこれ以上、バイトとか就職とか無謀なコトは考えないで、地道に物取り強盗や恐喝でもやって生きていった方がいいのかねえ……ハイリスク&ローリターンで面倒くせえけどなあ……」などと途方にくれていた時期に、何となく暇つぶしで近所のさびれたホール(昼間は客が10人いるかいないかのホールで数年後にあっさり潰れた)に通いはじめたのがきっかけだった。当時は777のフィーバー台が登場する前で、勝てる金額もセコく、一日中打っても大して金額にならないのでインスタントラーメンや洗剤や調味料などの景品と交換することが多かったが、儲かるとか儲からないとかいう以前に、一日中ぼんやりと誰とも口を利かずに居られる心地よさに満足している部分の方が大きかったと思う。「ああ、ここに居れば俺は人をブン殴らずに済むんだ!」なんて殊勝なことは考えたりしなかったが、俺のように人間嫌いで一日中他人と会話せずに過ごせることに軽い興奮と快感を覚える奴は皆無ではないだろう。そういう人間にとってのパチンコ屋は実にありがたい空間なのである。行きつけの店ができて常連になると、自然に顔見知りもできて、人の良さそうなオバちゃんに挨拶されたり話し掛けられたりするようになるが、俺はそういう「人とのふれあい」が我慢できないぐらい鬱陶しくて、パチンコ屋に行かなくなったのも多分そのせいだったと思う。俺には、店員が石コロみたいにそっけなくて無愛想なのが揃っている人情味の薄いホールの方が居心地が良いし、できればあまり客のいないガランとした空間で伸び伸び打つのが理想なんだが、そういう店の出玉が良いわけはないので、理想と現実というのはそう簡単に折り合いがつくものではない。こういう「孤独を楽しみたいパチンコ」ってのは邪道なのかねえ?


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