The Sicilian Blade

Date : 2005-03-10
Author : Defolos

CONTENTS

(1.) 歴史
(2.) シチリア式短剣
- なぜスチレットなのか
- 鋭利な刃
- スチレットの研ぎ方
(3.) スチレットでの格闘
- 防御の構え
- 握り方
- 突きの基本動作
- 切りつけ、切り裂き
- 前進・後退と間合い
- 狙う急所
(4.) 戦略
- 敵と向かい合う
- スパーリング
- 基礎的な戦略
- マントと短剣
- ポケットからナイフを取り出す
(5.) 自衛の戦術
- 守りを固める盾としてイスを使う
- ホウキ
- ゴミバケツの蓋
- 雑誌
- 身体の防護
(6.) 奥の手(インドラガ・マノ)
- インドラガ・マノ
- インドラガの基本
(7.) 頭脳的戦略
(8.) 実戦の経験

歴史

 『ザ・秒殺術』に掲載されている「シチリアンスチレット」の著者ドン・ヴィト・クアトロッチは、ごく若い頃からミュレットの技(シチリア式ナイフ格闘術)を習う名誉に浴したそうです。ミュレットとは、シチリアの男が当然のように持ち歩く長めのスチレットの別名です。

 著者(※1)ドン・ヴィト・クアトロッチは次のように述べています。

 「シチリア人に生まれた私はもっとも厳しい旧世界の伝統の下で育った。ここでは男の子たちは小さなころから決闘の作法や男の面目について教えられた。それは、自分や自分の家族への侮辱を決して許してはならないというものだった。というのも。それを許すとなれば自分の男の面目にとって不名誉なことだし、家族の恥辱となるからだった。昔のシチリアの格言に『家族の強みは息子であり、息子の強みは家族である』というものがある。つまり、シチリアの男は自己の評価や価値が完全にその家族と結びついているのだ。家族がどのように尊敬されているかは息子に影響し、息子がどのように尊敬されているかは家族に影響するのだ。」

 これらの記述から当時のシチリアでは非常に名誉を重んじる社会であったことが予想されます。

 18世紀以前はヨーロッパ諸国で流行していたレイピアが戦いの主流であったようですが、時がたつにつれて刀身は短くなっていったようです。18世紀から19世紀にかけてミュレットと呼ばれる短剣が出現しました。 名前の由来はミュール(ラバ)の鞍に着けて護身用として持ち歩いていたことからきています。第1次世界大戦の末までにこのミュレットは約24cmのフォーリディングナイフというコンパクトサイズになりました。

 シチリアのレイピアが徐々に短くなっていった背景には、服装に気を使うというところから来ているのかもしれません。常にフォーマルな格好を心がけているシチリア人ですから、ポケットに入るナイフにニーズが集まったと考えられます。

 シチリア人たちは先祖がレイピアに熟達していたように、スチレットにも熟達しました。毎晩パレルモや近郊都市の広場で行われていた決闘は多くの男たちにとって見逃すことのできないイベントだったようです。 決闘を目撃したある米海軍将校は、「闘いは犬同士のような獰猛さを呈していたが、剣士としての優雅さを持ち合わせたものだった。そのすばやさと軽快さは驚くほどだ」と語っています。

(※1)これ以降「著者」とは、『ザ・秒殺術』に掲載されている「シチリアンスチレット」の著者であるドン・ヴィト・クアトロッチを指すものとします。


シチリア式短剣

 (figure1)を参照してください。全長27cm、刃長13cmで真鍮か鋼のハンドルエンドがついており、角で出来たハンドルに十字型のヒルト(※2)を持っています。軽量で素早く使え、鋭い切っ先と剃刀のようにシャープなブレードを持つポケットナイフです。

● なぜスチレットなのか

 市場には大型の戦闘用ナイフやボーイナイフなどが多く出回っていますし、同じぐらいの技術を持った者同士が戦闘用ナイフやボーイナイフとポケットナイフであるスチレットで戦った場合、圧倒的にスチレットで戦った者のほうが不利です。それでもなおスチレットを選ぶ理由は、都会では30cm以上もあるボーイナイフを腰に下げて歩くのは法律的に見ても無理がありますし、スーツのような服は大型のナイフを吊り下げて歩くのには不向きだからです。

● 鋭利な刃

 スチレットは一般的に突くための短剣であり、切っ先こそ鋭いにしろ切れ味は良くないと思われることが多いようですが、シチリアンスチレットでは非常にシャープな切れ味が要求されます。
 シチリアンスチレットの戦い方では切りつけるという動作を多用しますし、切れ味の鋭いナイフは切れ味の鋭くないナイフよりも優位に立てるからです。

 切り傷は刺し傷よりも致命性が低いと思われることが一般的ですが、実際は切り傷も致命傷になりかねないようです。戦いの場において切り傷からも起こる出血は貧血を引き起こさせ、最悪の場合は出血多量で死に至ります。たとえ出血多量にならなくとも、戦いの場で貧血が起きてしまうと極めて不利な立場になり、勝算はまず見込めません。そのぐらい切り傷も致命的なものとなります。それ故に、切り傷の深さに大いに関係のある切れ味も要求されると思われます。

● スチレットの研ぎ方

 利き手にナイフを持ち、反対側の手で砥石を持ちます。刃を手前に刀身を平らにして砥石にあて、根元から先端にかけて押し下げるようにして向こう側に移動させる。刃全体を砥石に当てるように押し下げながら研ぎます。次に刀身を裏返して同じように研ぎます。刃が向こう側になるので、刀身を手前に引いて研ぎます。これをリズムをつけて行います。

 上に書いたのは携帯用の砥石を使って、どこでも砥げる方法ですが、できるなら大きい砥石でしっかり砥いだほうがいいです。ナイフの研ぎ方は別のテキストに掲載する予定です。

(※2) 本来ヒルトはレイピアでハンドル全体を指す言葉ですが、ここではガードの意味として使います


スチレットでの格闘

 スチレットでの格闘は大別して2つに分けられます。ひとつは片方の名誉を傷つけた、あるいは不快にさせたという出来事を決着させるために刃物を用いて1対1での戦いを決めた決闘で、もうひとつは突発的に襲われたときの自己防衛用の戦いです。この場合は構えやバランスは同じですが、より総合的なテクニックが問われるようです。

● 防御の構え

 構えは防御の要となります。バランスの取れた構えは高い防御性を持っています。バランスを崩していれば、動いたり、かわしたり、あるいは速さと正確さをもって立ち直ることは不可能です。ナイフでの格闘においてバランスが取れないということは非常に危険です。まず始めにバランスの取れた構えを学ぶことになります。

 練習する場所にテープで大きな十字を設定します。スチレットを握る手のほうの足を前足とし、縦の線の上に置きます。そして後ろ足を横の線上に置きます。両足は肩幅に開き、腰を落します。このとき、腰を曲げてかがみ込むようにするのではなく、背筋を立てて膝を曲げることで腰を落します。背中を丸めると顔を切られやすくなってしまいます。
 スチレットを握っている手は前に出し、軽く肘を曲げてスチレットの切っ先を相手の喉に向けます。反対側の手は背中側に回しておきます。これはスチレットを持っていない側の手が切られるのを防ぐためであり、また予備のナイフを持っていることを悟られないようにするためです。
 これが基礎となる防御の構えです。基礎の弱い要塞は崩れ落ちてしまうものですので、この部分はよく練習しましょう。実際やってみると分かるのですが、この体勢はかなりつらいです。

● 握り方

 スチレットの握り方は伝統的なサーベルグリップを用いるのが良いでしょう。ヒルトの付け根に親指を置き、親指よりも前側に人差し指を添えるようにします。この握り方は高い機動性と最も刃長を長く使える持ち方ですが、握る力が弱いため、弾き取られることが多いです。

● 突きの基本動作

 まず前足を一歩踏み出します。それと同時にスチレットを持っている手を真っ直ぐにします。突くときは体重をスチレットの切っ先の1点に集中させるようにします。相手を刺したらすぐに正面を向いて防御の構えに戻る。すばやく、力強く、きびきびと、相手を見据えながら、2度目、3度目、4度目の攻撃に備えます。すぐに踏み出した足に力を入れて元の構えに戻ります。

● 切りつけ、切り裂き

 サーベル式のグリップから円を描くような動きで深く切りつけます。通常は手、手首、腕などに切りつけるようです。腕は固定したままで手首のスナップを利かせることで非常にすばやい切りつけを行うことが出来きますし、また切りつけようとしていることを直前まで悟られない方法です。剃刀のように鋭利な刃ですばやく、力を入れて相手の手や手首、腕などに、手首を回すようにしながらしっかりと切りつけます。

 切り裂きは、通常は頭や顔のあたりを狙います。平行に刃を移動させて顔の端から端まで切り裂きます。首のあたりや胸のあたりにも使えますが効果的なのは敵が胸肌をむき出しにしているか薄手の衣服を身に着けているときだけです。右から左から鋭い動きですばやく切り裂くのはなかなか効果的なようです。

 すばやく、効果的に切り裂くテクニックは数あるスチレットを用いた技の中でも上達させるべき大切なもののひとつだそうです。

● 前進・後退と間合い

 前進は、まず前足を進めて後ろ足を引きずるように引き寄せますが、常に同じ線を辿るようにしなければなりません。戦略的な理由から後退する場合は後ろ足はそのままにまず前足から引きずるように後ろに下げ常に防御の構えをとりながら想定した一直線上を後退していきます。

 間合いはいつでも敵の刃物から、こちらが一突きできる距離いっぱいの間合いをとっておきます。このぐらいの間合いであれば近づくときの危険性も少なく、後退もできます。また、すばやく切りつけることが可能な位置でもあり、敵は1.5〜1.2m以内に近づくことが困難だと気づくでしょう。この範囲はシチリアで"マサダ(殺しのゾーン)"と言われています。

● 蹴り

 ナイフでの闘いで蹴り技をうまく使えれば非常に有利です。刃物を手にした敵が間合いを詰めてきたら、爪先ですばやいストレートキックを相手の顎に命中させましょう。十分な強さで相手の顎にうまく決まれば決定的な攻撃になり得ます。ただし、上体への蹴りは足を切られる可能性もあるため、いい加減な気持ちで行わないようにしましょう。
 鋭いサイドキックを敵の向こうずねや膝めがけて放てば、足を傷つけることができます。また、足元への蹴りはもう一つの利点を持っています。敵は蹴りがどこからくるのか見ることができないのです。相手が倒れたら近寄り、靴の先を使ってさらに強力な蹴りを胴体に加えます。この蹴りで肋骨を砕きます。また、踵で相手の手を踏み潰してしまえば相手は武器を持てなくなります。

 こういった蹴り技には全て頑丈なドレスシューズ(礼装用の靴)が使われます。上質で頑丈、しかも先の尖った靴は簡単に持ち歩ける武器として街中では効果的です。このタイプの靴ですばやく強く加えられた蹴りの破壊力は圧倒的です。
 もし防御の手段として蹴り技を使おうと考えるなら頭に入れておいた方がよいでしょう。

● 狙う急所

 スチレットでの戦いでは相手の身体全てが的となりますが、効果的にダメージを与えるには適切な場所を攻撃する必要があります。以下に代表的な急所を記述します。

1.) 手
最もこちらに近い部分であり、たくさんの血管や動脈が通っています。こちらの刃によって傷つきやすいようです。
2.) 胸腔
血液循環を一手に賄う心臓が内側にあります。
3.) 首
頚静脈や気管があり、血液を脳に送るところです。
4.) 下腹部
生命維持に必要な器官が格納されています。また上腹部より柔らかいので攻撃に傷つきやすいようです。
5.) 両腋
肺は非常に傷つきやすいです。スチレットの刃を腋の下に差し込み、柄を上下に前後に動かします。こうすることによって体内を切り裂き、ただ刺したときよりはるかに大きなダメージを与えることができます。胸、背中、腹、肝臓などのあたりでスチレットの柄を上下運動させて大きな致命傷をあたえるようにしましょう。
6.) 顔
顔に受けた傷はどんなものでも痛いものですし、志気をそぐものです。顔にパックリと切り口を開けられたと知れば脳はショック状態を示し、一瞬麻したようになります。こちらの次の行動は殺すことです。

戦略

● 敵と向かい合う

 敵と向かい合う場合は敵の目を真っ直ぐに見るようにします。相手を威圧できると同時に、目の位置は相手の身体を幅広く見渡すことが出来る位置でもあります。
 また、相手のナイフは見つめないようにしましょう。ナイフをじっと見つめると、相手もナイフに集中しますので突発的に刺してくる可能性が高まります。

 シチリアの方言ではクアトロッチという言葉があるようです。これは「4つの目」を意味し、自分の目と敵の目だけが存在するように、その他の気を散らすような対象は全て消してしまうのだそうです。

● スパーリング

 スチレットの技術を身につけるには、スパーリングが効果的なようです。練習用に造られているゴム製のナイフを2本購入してこれでスパーリングを行なうのがベストですが、非常に高価ですので、自分で作製することをおすすめします。スパーリング用のナイフの作り方は別のテキストで解説します。また、スパーリングの詳細についても別のテキストで解説しますので省きます。

● 基礎的な戦略

 常に冷静さを持って前へ出、その時浮かんだ型にとらわれないやり口を使うようにしましょう。これは、あえて定石から外れた動きをすることで相手のリズムを崩すことを目的にしています。しっかりとした戦術を持って行えば、非常に有用なテクニックとなります。また、著者ドン・ヴィト・クアトロッチは以下のように述べています。

『なかなかいい試合が何試合かあった。私がこれまで見たり経験してきた練習試合や実際の格闘では、技術と策略にある程度の裏付けがあるならもっとも攻撃的な闘士が勝利を収めてきたといえる。』

 決して空いてるほうの腕を前に出さないようにしましょう。これは、前に出した手が格好の標的になってしまうからです。また、空いた手を前に出した構えは一歩踏み込まなければ攻撃できないため、ワンテンポ遅れてしまい不利です。逆に、相手がこの構えをしていた場合、その時点でこちらが優位に立っていると言えます。もうひとつの利点としては以前書いた通り、予備のナイフを背中に隠し持てる点です。

● マントと短剣

 このテクニックはもともとレイピアの剣士が用いたテクニックです。上着(マント)を空いた手にまとわせ前に出し、スチレットを持った手を後ろに構えます。左手に何か物を持つ場合、例外的にスチレットを持った手よりも前に出します。これでこちらのスチレットを敵の視界から隠すことができますし、身体を守る盾としての役目も果たしてくれます。上着で敵のナイフをからめ取ってしまえば、腕を外向きに回して敵の身体を開き胸を刺します。また、敵の顔めがけて上着を投げつけ、頭部を覆ってしまうこともできます。こうしておいて身体の中央部に上向きの突きを加えることも可能です。

● ポケットからナイフを取り出す

 ポケットからナイフを取り出すまでの時間は戦いに大きく影響してきます。もし仮にナイフを取り出して構えるまでに3秒かかったとしましょう。3秒もあれば十分戦いにけりがついてしまいます。ですので、ここでしっかり素早くナイフを取り出す技術を身につけましょう。

  1. 紙マッチのカバーを破り取る
  2. イラストにあるようにこのカバーを折り畳む
  3. このカバーをスチレットの柄頭近くに差し込む

 こうすれば刃を畳んでも、先端は柄から飛び出した状態になります。ポケットからスチレットを取り出すとき、飛び出している刃の先端をポケットに縁にひっかけて刃を開きます。こういう具合にスチレットをセットしておけば、片手でスムーズに開いてすぐに構えをとることができます。

 この動きを何度も練習して第二の天性とし、いつでも構えをとれるようにしましょう。


自衛の戦術

 スチレットとともに身近にあるものを何でも武器として扱えるようにしましょう。いくつか例を挙げてみましょう。

● 守りを固める盾としてイスを使う

 ナイフの先を敵に真っ直ぐむけながら空いているほうの手でイスをつかみましょう。つかんだイスで敵の顔をく突くようにしながら小幅なステップで接近していきます。足に意識が集中できていないようなら、持ってるイスで敵の足を攻撃しましょう。動きの基盤となる足を攻撃することで戦いを有利にすることが出来ます。敵の態勢が崩れ始めたら、イスで相手を殴りつけ、仕上げをしましょう。

● ホウキ

 空いた手にホウキを持つことは、極めて有利にさせます。敵の目をホウキの先で突き、一時的に相手の目が見えなくなっているうちに傷つきやすい部分を刺します。

● ゴミバケツの蓋

 蓋を持った手を突き出しながら襲いかかり、敵の刃物をとらえてしまいましょう。こうしておいて腹に刃を突き刺します。また、積極的に敵に近づいて攻撃しましょう。ただし、空いた手を前に出せるのは何かを持ってるときだけです。それ以外はこの手は背中に回しておきましょう。ナイフでの格闘の最中に空いた手を前に出しておいたおかげで指を失ったものが何人もいるようです。

● 雑誌

 丸めた雑誌もまた防御に使えます。敵の攻撃をこれでブロックしこれからの攻撃に繋げることが出来ます。 丸めた雑誌を持った腕で円を描きながら敵の攻撃をブロックします。これで相手の胸ががら空きとなるので、胸腔に突きを加えることができます。

● 身体の防護

 前もってナイフでの格闘が予想されている場合、ナイフで傷つきやすい箇所に防具を着用しておいたほうがよいでしょう。

[傷つきやすい部分]

  1. 咽喉
  2. 手首
  3. 腹と腎臓
  4. 股間
  5. 心臓と肺

 ではそれぞれについて見てみましょう。

1.) 咽喉
ズボンのベルトを首に巻きつけ、しっかりとバックルで留め、端ははさんでおきましょう。こうすれば咽喉を切り裂かれる心配がなくなります。ベルトの上にさらにスカーフを巻きましょう。スカーフを巻くことでさらに防護が強化され、首にベルトを巻きつけていることも隠せます。
2.) 手首
手首に革製のリストバンドを着用しましょう。これで手首を切り裂かれる心配がなくなります。 革製のリストバンドが手に入らないときは黒の絶縁テープを手首に厚く巻きます。革製のものほど効果的ではないにしても、危急の際には役だってくれます。
3.) 腹と腎臓
ズボンのウェスト部分にペーパーバック本をはさみましょう。厚手の雑誌でもいいです。こうしておけば腹や腎臓に強力な突きを入れられても刃を止めてくれます。ただし、機動性を損なわないように注意しましょう。
4.) 股間
運動選手用の防護カップを使うのがベストです。それが手に入らなければ手袋や新聞紙でもよいから股の間にいれておくとよいでしょう。ただし、機動性を損なわないように注意しましょう。
5.) 心臓と肺
大きな金属製のトレーが胸の当りを防御するには最適です。
6.) 手
手を守るには革製のドライブ用手袋というのが最適です。また、スチレットの柄を握る際にもグリップが向上します。

 こうして身体の防備が整ったなら、重い革ジャンを上に着用すれば準備万端です。厚手の衣服が適当ではない夏でも、少なくとも革製のリストバンドと首を巻くバンダナは用意するべきです。革製のベストもおすすめですが、これはスチレットでの決闘に伝統的に着用されるものだそうです。
 シチリアでは革製の帽子をかぶることもよくあるようです。格闘の火口が切られた途端にこれを敵に顔に投げつけてしばらく目をくらますのだそうです。そして致命的な突きを入れるというわけです。またこの帽子を空いた手に持ち、敵の刃を包み込んで捕らえてしまおうと構えることもできます。また帽子の厚い革は空いた手で相手の攻撃を受け流そうとするときにも防具として役立ってくれるようです。とにかく準備時間があるのなら、入手可能な限りの防具を身に着けるべきです。


奥の手(インドラガ・マノ)

 奥の手は敵から見えないようにナイフを持ち、その意外性と速攻性で瞬時のうちに戦いを終わらせる技術です。戦いが避けられないことを事前に察知しておく必要があります。

● インドラガの基本

 基本となる構えは、刃を上に向け手首に沿わせるようにして後ろ手に隠し持ちます。振り上げて切りつけ、振り下ろすようにして刺します。

● インドラガ・マノ

 figureを参照してください。figureのようにスチレットが隠されていれば、向き合っている敵からは刃が見えません。ナイフをこのように持った手をポケットに入れておけば、どんな攻撃にも防御にもすぐに使えます。この状態で何げなく歩いていれば、敵がこちらの刃に気づくことはないでしょう。相手が手を出してこちらの歩みを止めようとしたら、即座にサイドステップしてスチレットをポケットから抜きざまに下から腕に切りつけます。次には身体を回して後ろ手に敵の胸腔を突き刺します(figure参照)。この動きは目にも止まらぬ速さで躊躇することなく行なわなければなりません。全ての奥の手の動きは、その意外性が効能の全てです。


頭脳的戦略

 ここでは戦いにおいて、どのように考えをめぐらせるかといった戦術的なものを解説していきます。以下に著者ドン・ヴィト・クアトロッチの物語を引用しました。

 『君が1人で、あるいは愛する者と暗い路地を歩いていたとする。車に乗り込もうとして足音を耳にする。車のドア越しに見上げると、2人のゴロツキがそれぞれナイフを手にしてこちらに歩いてくる。「おい、金持ってるか?」と言いながら彼らが近寄ってくる。すぐに行動に移った君はポケットから刃を開きながらスチレットを取り出し、防御の構えをとる。2人の暴漢は脅えた様子も見せずに恐怖のスチレットで武装した男を見いだして歩をゆるめる。切っ先は彼らの喉元に向けられているのだ。
 自分自身と自分のスチレットの腕に自信を持つことが最強の頭脳攻撃だ。 君が堅固な構えをとって闘いを挑んでくるのを見たら、敵の熱意はほとんど失せてしまうだろう。そして敵は立ち止まる。これは彼らが予想していなかったことなのだ。あっさり片づけたかったのに、アブナイやつを相手にしてしまったと思う。これで最初の頭脳戦は君の勝ちだ。
 ここで構えを崩さずに相手に立ち向かう策は、相手を扇動し、罵り、侮辱することから始る。 「来いよ、やってやろうじゃないか。どこで死ぬのも同じだからな。さあ、かかって来いよ」と言い放ってやる。覚悟を決めて敵に切りつけることのみに精神を集中させる。 とにかく一歩も引くことはなく、構えをしっかりと取って体面を維持する。10回の内9回は暴漢もこれを見て後退りするだろうから、そうなれば対決にも終止符が打たれることになる。 優れて堅固な構えを見せることで、多くの場合、もともと臆病な連中が攻撃に転じることを思いとどまらせることができる。「男の面目をかけさせれば臆病者は退散する」というのが、シチリアの古くからの格言だ。
 相手が後退りすることなく攻撃の姿勢を取るようだったら、最も近くにいる敵の咽喉に刃を向けたまま近づく。そいつは両手を前に出しているが、右手にはナイフが握られている。この伸ばされた手が最初の標的だ。そこで飛びかかるや彼の手に思いっきり切りつけ、すぐに防御の構えに戻る。彼のナイフが何本かの指と共に道に転がるのを目にするだろう。唖然となった相手は指が切り落とされて血を流している自分の手を衝撃のうちに見つめる。
 即座に敵の咽喉を突き刺す。呼吸困難に陥った相手は刺された咽喉を両手で押さえる。 君ははじけるように防御の構えに戻る。次の敵が右側から近づいてくる。彼は、いまやのるかそるかの面持ちで君を殺そうと狙っている。そして君を刺そうと不安定な構えのまま真っ直ぐに攻撃してくる。 君はそれをサイドステップでかわして彼の左脇をスチレットの刃で一気に切り裂く。その時刃が相手の身体に食い込みすぎて手からもぎ取らせそうになる。脇に傷を受けた男の身体が向こうによろめく。君は致命傷を負っている2人の相手に向き直る。彼らは君から逃げ出すか、その場に倒れ伏す。』

 このように、スチレットの訓練は重要な意味を持つ場合もあります。しかし、凶器を手にした暴漢に実際に立ち向かうのとは全く別物と考えるべきでしょう。
 著者ドン・ヴィト・クアトロッチは、争いを避けるのが立派な男というもので、自身や自分の保護下にある者に直接危険が迫っているとき以外は手を出さないものだと述べています。ですので、誰かが暴力に訴えようとしていて、他に逃れようもない場合においての自分の身を守る最上の方法は相手の攻撃に先んじて攻撃を仕掛けるということになります。暴漢の攻撃から逃れる術がないと思ったときは、すぐに立場を逆転させてこちらから攻撃を仕掛けるのが、相手の脅威から逃れる最も効果的なやり方だそうです。そして相手がもはや攻撃を続けられなくなるまでやり込めるべきです。最大の教訓は、相手の裏をかいて先制攻撃を仕掛けることです。

 対決を避けようとできる限りのことを尽くしても相手が暴力に訴えようとするなら、状況を一変させてこちらから即座に攻撃を仕掛けます。これは非常に重要なことです。こうすることで闘いの流れをこちらが制することになります。そうでなければ、相手の餌食になってしまい、これから起こる事態の流れを彼に委ねてしまうことになります。
 一瞬でも躊躇するなら、敵に全体の攻撃を制するチャンスを与えてしまうことになります。また、躊躇することは敵に臆病だと思われてしまいます。恐れることは構わないが、それを敵に知られてはならないのだそうです。

 四囲の状況を利用するのも一案です。策略を用いて敵を弱い立場に追い込むのです。たとえば、追い詰められてゴミバケツの山につまずかせる、回り込むようにして縁石から足を踏み外すように仕向けるといったような具合です。

 相手に刃を向けながら話しかけるのも時には必要です。けしかける目的で、相手を笑い、侮辱的な名前で呼び、相手に癇癪を起こさせ、闘いを挑発する。その間ずっと刃を相手に向けたまま、前進したり回り込んだりします。必要なのは相手の心のなかに恐怖を生み出すことです。彼が攻撃しようとして動きに隙を見せます。そこをすかさず攻撃し、相手の身体の目につく所はどこにでも切りつけ、刺します。

 クアトロッチ―4つの目、目と目を合わせること―を忘れないようにしましょう。スチレットを使ってスパーリングしているときよりも、街中ではさらにこのことが深い意味を持つようです。攻撃するときは体内の力を呼び起こして精力的に攻撃しましょう。戦いの間常にスチレットが相手を追い詰めるように動いていなければなりません。

 一旦攻撃を始めたら、どこで止めるべきでしょうか。いつの時点で自分の防備が完全となるのかを考える必要があります。答えは、敵が物理的にこちらへの攻撃を続けることができなくなった時ということになります。
 相手が逃げ出せば、その時は逃がしてやるべきです。もう彼には君を傷つけることができないのだから。 しかし、彼が立って動ける状態でそこに残っているならば、君や君の愛する者を殺せます。ですから、相手が闘いを継続できる程度に立ったり動いたりできないことを確認しなければならないのです。

 ドン・ヴィト・クアトロッチは、「武装した暴漢に対する最強の防御は、武装攻撃に遭うかもしれないような場所に足を踏み入れないということであり、治安の悪い地域だとわかっているのなら、そこには行かないこと。騒ぎが起きやすいと知っている場所には出入りしない。何か危険を感じるようなことがあればその場から離れる。誰かに侮辱されたらそこから立ち去る。」と述べています。そのことからも、戦いを避けるように行動することが最高の防衛手段だといえます。


実戦の経験

 ここでは著者ドン・ヴィト・クアトロッチの体験や聞いた話を紹介したいとおもいますが、この部分は著者ドン・ヴィト・クアトロッチの体験をそのまま引用した部分もあります。

 平均的なアメリカ人は、ナイフでの決闘に巻き込まれるようなことはないが、時の流れが止まってしまったようなシチリア島やこの太古の土地から移り住んできている一族たちの間ではなおスチレットが用いられている。近代的なナイフ格闘術を扱った本は、すばやく的確に襲えば敵は地面に崩れ落ちて死んでしまうことを前提にしていますが、実際はそうはいかない。
 私(ドン・ヴィト・クアトロッチ)がナイフでの決闘を数多く見てきた中では、たくましい身体の男がナイフで一回刺されただけで崩れ落ちてしまうような場面にお目にかかったことがない。

 実際には、最初の一撃で敵を倒すことができるのは咽喉を切り裂いたときだけで、少し離れて見ているうちに自分の血で窒息して死ぬようです。そんなときでさえ敵はじっとしていることはなく、パニック状態でそこら中に切り付けたがります。そういう状態の相手はいくらでも予想外のことをしでかしかねず、死に物狂いで襲いかかってくるかもしれません。ですので、こういった近代的ナイフ格闘術をあまりまともに受け止めないようにしましょう。

 実際にはどんなことになるのか、著者ドン・ヴィト・クワトロッチの体験から事例を挙げてみましょう。

● 事例1

 『パレルモの近所の広場で、ある若者の妹の名誉を賭けて喧嘩が始った。その男は屋外カフェに置かれた椅子で壁際に追い詰められ、胸を3回刺された。3回とも柄までナイフが胸に沈んだ。だが、そのどれもが彼を仕留めることはできなかったものの、彼も踵を返して逃げることもできない。彼は力をふりしぼって自分のスチレットを抜き、噴水のように血が迸り出るまで相手の顔と首に切りつけた。その後彼は4ブロックほど先にある病院に駆け込んだが、その間に首をやられた相手は通りに出たものの出血多量で死んだ。』

● 事例2

 『16歳の少年が宗教的な祭礼の最中に地元のマフィアの一員に躍りかかった。少年は激しくまた深く刺したようだったが、その男は自分が流している血の海の中でよろけながらも身を守ろうとカフェのイスを持って身構えていた。結局警察がこの騒ぎを収めた。この同じ祭礼の時に、1人の若い男がスチレットを手にした4人の男に襲われた。彼は身体に20ヶ所以上の刺し傷や切り傷と受けた。』

● 事例3

 『ある時1人の男が、妹の受けた不名誉の復習を狙う3兄弟に襲いかかられた。彼は自分のスチレットを取り出して多少やり返すことができた。それでもかなりひどくやられたので、まるで誰かが赤いペンキをぶっかけたように血まみれとなった。』

 ここで記述したような状況の中でも、顔と首を切り裂かれた最初の例に登場する男を除いて、どの男もナイフで刺されても生き延びたそうです。この男はまた、胸を完全に刺し貫かれて左肺をやられていたそうです。それでも彼は3ブロック以上の距離を走ることができたようです。つまり力尽きて倒れるまで約150mを走り、そして死んだのです。

 アドレナリンが体内に放出されている間は、刺し傷も切り傷もあまり感じないようです。ましてその敵が刃物で武装していたのなら十二分に用心しなくてはなりません。

 刃を手にした相手に刃で立ち向かうときに心に留めておくべきことは、とにかく刺し、切り裂き、突き続けることだそうです。また、立場を逆転させて先制攻撃をかけることも重要です。

 首・腕・腹など、急所を狙うことも効果的です。そして重要なのは、常に相手に逃げ道を残すことです。死ぬよりほか抜け出す道がないような状態に陥れたり追い詰めたりすると、とんでもない狂人を相手にすることになります。切り付けられて自分の命を支える血が大量に噴出するのを見たときの最初の反応は逃げ出すことです。第2の反応は狂気に陥ってこちらに襲いかかってくることですから、逃げ道を残すことは大切です。


■参考文献


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